デス・オーバチュア
第203話「鏡の国の餅つきラビット」




とある森の中にセリュール・ルーツは一人佇んでいる。
「……危ないところでした……転移するのがもう少し遅れていたらどうなっていたか……」
ニルヴァーナに捕らわれ、零距離で光輝を浴びせられたセルは、光輝に完全に溶かされる前にランダム転移して逃れていた。
「さて、戻らなければ……」
今居る場所は先程まで戦っていた場所からそれ程放れてはいない。
「ランチェスタのエナジーが爆発的に高まったかと思えば、今はまったく感じられない……それに……」
アンブレラ、ランチェスタ、D……三者の戦闘時の巨大すぎるエナジーはこの場に居ながらもはっきりと感じ取ることができていた。
数秒前までは……。
「もう戦闘は終わっているのか?」
ランチェスタだけでなく、後の二人のエナジーも最早感じられなかった。
エナジーが関知できなくなった理由として考えられることは二つ。
一つは戦闘がすでに終了し、全員が平常時の状態になった可能性だ。
その場合、意図的にエナジー……気配を捜さなければ捉えられなくても無理はない。
魔王クラスの魔族とはいえ、平時から常に地上全域に届くような爆発的エナジーを放出しているわけではないのだ。
ただ胎内に蓄えているだけの状態なら、どれだけ大量のエナジーを有していようと、関知は難しいのである。
「とにかく、早く戻ら……」
『あらぁ〜、戻る必要なんてないわよ〜』
黒い羽毛を撒き散らしながら、四枚の黒い天使の翼を生やした『黒兎』が舞い降りた。
「……誰?……いや、セレナ・セレナーデ?……魔皇の第一皇女……?」
「うふふふっ、博識ぃ〜、私なんかの顔まで知っているのね〜」
黒兎……セレナ・セレナーデの体に四枚の黒翼が巻き付つくと、一瞬激しく発光する。
次の瞬間、四枚の黒翼は消え失せ、代わりに温かそうな漆黒のマントコートがセレナの全身を包んでいた。
「でもぉ〜、今の私は……」
セレナの右手に、彼女の背より長い漆黒のステッキ(西方風の杖)が出現する。
「……あなたの死神(グリムリーパー)よ〜」
先端から赤い三日月のような光輝が吐き出され、漆黒のステッキは死神の大鎌と化していた。



「Grim Reaper……大鎌を手にした骸骨……つまり死神ですか……」
「本当に博識ぃ〜、うふふふふふふっ……」
空間に溶け込むように、セレナの姿がセルの視界からスウッと消える。
「つっ!」
突然、セルが前方に跳んだ。
直前までセルが存在していた空間を赤い刃が薙ぎ払う。
「……わざわざ背後に回って斬りかかりますか……」
セルは着地と同時に振り返り、うさ耳の死神と向き直った。
「うふふふっ、その方が死神らしいでしょう〜? 正面から正々堂々と戦う死神なんて死神失格よ〜」
再び、スウッとセレナの姿が薄れるように消失する。
「くっ……!」
セルは横に跳ぶと同時に、右手から突風を放った。
「あはははははっ! いい『勘』してるぅ〜!」
跳躍中のセルの眼前にセレナが姿を現す。
セレナは確かに、セルが突風を放った場所にいたのだ。
だが、セレナは突風の放たれた直後、あるいは直前に跳躍し、こうやってセルとの間合いを詰めていたのである。
一言で言うなら、セルの攻撃は一瞬……『一手』遅かったのだ。
「うふふっ!」
セレナは楽しげに大鎌を振るう。
「つぅっ……」
セルは右手で赤い三日月の刃を受け止めた。
正確には、セルの二の腕(肘と手首との間)に赤い三日月の光刃が突き刺さっている。
「止まりましたね! 翠玉……」
「きゃははははっ!」
セルが風を集めた左掌を突き出すよりも速く、セレナは大鎌から赤い三日月の光刃を切り離し、セルを跳び越え背後に着地した。
マントコートの中から、二つの円柱形の物体が飛び出し、ステッキの先端を挟み込むように接合して、一振りの杵(きね)と化す。
「そ〜れ、ぺったぁ〜ん!」
セレナは杵をセルの背中に思いっきり叩き込んだ。
「ぐふっ!?」
杵を叩き込まれたセルは、木々をへし折りながら吹き飛んでいく。
「ジャァストミィ〜ト、兎の武器と言えば大昔から臼(うす)と杵(きね)に決まっているでしょう〜? うふふふふふふふふっ」
薄笑うセレナの姿が消えたかと思うと、吹き飛び続けているセルの上空に出現した。
「ぺったぁ〜ん!」
セレナは杵をセルの脳天に振り下ろす。
杵に脳天直撃されたセルは地上に叩きつけられた。
「そ〜れ、ぺったん、ぺったぁ〜ん!」
セレナは餅つきのように、セルに何度も何度も杵を叩き込む。
「あはははははははっ! 潰れろ潰れろ潰れちゃぇ〜♪」
大地にできたクレーターの臼の中で、セルは肉を潰され、骨を砕かれ、餅のように伸ばされていった。
『緑餅……あまり美味しくなそうだけど……食べるの?』
餅つきに興じるセレナに、誰かが声をかける。
「えぇ、そうよ〜、アンブレラと一緒に美味しく頂……あらぁ〜?」
セレナは、自分の隣りにいつの間にか立っていた存在に気づき、餅つきの手を止めた。
黒い鴉のような少女。
漆黒の翼を背に持ち、黒い無数の羽を集めて作ったかのようなドレスを纏っていた。
「黒いバレリーナァ〜?」
彼女のファッションを見て、セレナの脳裏に浮かんだのはバレリーナ……バレエ(歌詞を伴わない舞踊劇)の踊り手である。
「いいえ、ただの通りすがりの美少女占い師よ」
「うふふふっ、普通、自分で美少女とか名乗るぅ〜?」
自称美少女占い師は、黄色い美しい髪を左右に結んでそれぞれ大きな縦ロールにしていた。差詰め、ツインテールのドリル(螺旋)版といったところだろうか。
「ただの事実を口にしただけよ」
自称美少女占い師は、己が髪を指で弄りながら、さらりと答えた。
「謙遜って言葉知ってるぅ〜?」
「知らないわね」
セレナの嫌みに、自称美少女占い師はきっぱりとそう即答で返す。
「まあ、そんなことより……」
背中の漆黒の翼が一瞬羽ばたいたかと思うと、自称美少女占い師の姿がセレナの視界から消えた。
「イジメは格好悪いわよ」
声は後方から。
振り返ると、少し離れた場所にセルを抱きかかえた自称美少女占い師が立っていた。
「ふぅぅん……」
セレナは少し感心したような、興味を感じたかのような声をあげる。
速い……一瞬視界から『逃がし』てしまう程の速い動きだった。
「それに、借り物の体だとか、消耗して深手を負っていたからとか、油断していたからとか……いくら言い訳があったって……元・魔王ともあろうモノがお餅にされて美味しく食べられてしまいました〜♪……じゃあんまりというものでしょう?」
自称美少女占い師は、セルを大地に寝かせると、セレナの方に向き直る。
「まあ、翠玉の魔王の暗黒の風を、あなたが隠している本当の力で凌駕し圧倒するという展開ならまだ見物してても良かったんだけどね……」
「…………」
セレナの顔から一瞬表情が消え、冷たい真顔になった。
「……さぁ〜、何のことかしら〜?」
今の真顔が目の錯覚かと思える程、セレナは素早く自然に、普段の他人を嘲笑うような表情を浮かべる。
「フフフッ、占い師相手に隠し事はするだけ無駄よ」
自称美少女占い師は、左手に持った水晶玉を覗き込むようにしながら、悪戯っぽく微笑した。
「うふふふふっ、本当にいやねぇ〜、占い師(覗き魔)ていやぁらしぃ〜」
「覗き魔ね……まあ、否定はしないけど、あたしが覗き視るのは……あくまで『未来』だけよ」
彼女が僅かに左手首を捻ると、水晶玉が消え、代わりに指先に一枚の漆黒の羽が出現する。
「さてと、あたしはあなたのこと何でも知っているけど、あなたはあたしを知らないようだから、名乗っておきましょうか?」
「……あらぁ〜? そういえば、地上を眺めていた時、一度か二度姿を見たような見ないような……?」
「フフフッ、誰を覗いていた時についでに映ったのかしらね? いいわ、名乗ってあげる。あたしはディスティーニ・スクルズ、毒のある女(ネヴァン)にして漆黒の鴉(レイヴン)、そして混沌(カオス)の尖兵でもあるモノ……」
一枚の紫黒の羽が、黒曜石のような輝きを放つ漆黒の木刀に変じた。
「毒に鴉? 混沌?……カオス?……ああ、あのカオスねぇ〜」
セレナはしばらく考え込んだ後、何か思い当たったのか、納得したような表情を浮かべる。
「でも〜、別に私はカオスに喧嘩売った覚えはないわよ〜? 多分ね、うふふふふふ……」
「……いいえ、あなたは充分害虫よ、地上(カオス)にとってね」
ディスティーニ・スクルズは『自覚ないの? 呆れた』といった感じで嘆息した。
「あははははははははっ! ちょっとあっちこっち吹き飛ばしただけじゃない〜、案外狭小な世界(ヒト)ねぇ〜」
「勘違いしない、今回あなたに干渉したのはあくまで『ディスティーニ・スクルズ(未来を司る女神)』の気まぐれであって、『混沌の尖兵』としての使命じゃないわ。まあ、あなたの場合、いつ混沌(カオス)から抹殺指令が出てもおかしくもないけどね……」
紫黒の木刀を握った左手を横に振ると、刀身の周囲に光り輝く無数の礫が生まれる。
「今回はカオスの力は使わない…」
光の礫が集まり、ディスティーニ・スクルズの隣りに彼女より大きな長方形の鏡が形成された。
「あらぁ〜?」
鏡には丁度綺麗にセレナの全身が映っている。
「うふふふっ、死神モードに杵は結構間抜けかしらね〜?」
セレナは、鏡に映る自身の姿を楽しげに嘲笑いながら、乱れた髪を手櫛で整えだした。
「あなたの化粧直しのために鏡を出したわけじゃないわよ……ありきたりな技その1……」
鏡に映っていた『木刀を持ったディスティーニ・スクルズの左手』だけが、本物のディスティーニ・スクルズの左手は止まっているのに、ゆっくりと動き出す。
「あららぁ〜?」
鏡の中のディスティーニ・スクルズの木刀が、鏡の中のセレナの背中に突き立てられた。
「うふふぅ!?」
次の瞬間、実体のセレナの背中から鮮血が勢いよく噴き出す。
「……『鏡』とは『影見(かげみ)』なり……光と影……虚像が傷つけば実像もまた傷つくのは通り……」
鏡の中の木刀がグリグリとセレナの背中を剔り込むと、実像のセレナが痛みに顔をしかめ、背中から血を飛び散らせた。
「い、痛いじゃないの〜っ!」
セレナは一度の跳躍で鏡の前に移動すると、そのまま杵を振り下ろし鏡を打ち砕こうとする。
だが、杵は鏡に届くことなく、漆黒の木刀によって受け止められてしまった。
「うふ……あはははははははっ!」
セレナは槌を引き戻すと、標的をディスティーニ・スクルズに変更し、彼女に向けて思いっきり杵を叩きつけた。
彼女は何度も何度も杵を叩き込むが、全て漆黒の木刀に的確に遮られ、ディスティーニ・スクルズには届かない。
漆黒の木刀と杵による暫しの打ち合いの後、このまま続けても埒が明かないと判断したのか、セレナは空高く兎のように跳びはねた。
「きゃはっ!」
高空のセレナが杵を振り下ろすと、杵の先端から二つの円柱形の物体が外れ、ディスティーニ・スクルズへと迫る。
ディスティーニ・スクルズは素早く鏡の背後に身を隠した。
標的を見失った二つの円柱形の物体は、まるで自らの意志を持つかのように、無理矢理自身の軌道を変える。
軌道修正した二つの円柱形の物体は鏡に直撃し、赤い閃光と共に大爆発を起こした。



「手榴弾……手投げの小型爆弾『程度』の破壊力ぅ〜」
四枚の蝙蝠型の翼を羽ばたかせて、セレナはゆっくりと地上に着地した。
「大昔ぃ〜、魔導王の使っていた『紫榴弾(ヴァイオレットハンドボム)』と同じような玩具(モノ)よ〜」
蝙蝠の翼はセレナの身体に巻き付き、一瞬の発光の後、再び漆黒のマントコートに変じる。
『……ありきたりな技その2』
声が響いた直後、セレナの周囲を陽光に反射する無数の粒が霧のように取り巻きだした。
「うふふふふふっ、無数の硝子の破片が私の全身を切り刻むのかしら〜? それとも……吸い込んだ硝子の破片が内側から〜?」
硝子の霧に包囲されたセレナは欠片も焦ることなく、とても楽しげである。
「いずれにしても、そんな脆弱な攻撃、人間も殺せないわよ〜、うふふふふふふふふっ!」
『……じゃあ、その2は飛ばして……その3!』
カツッという音と閃光と共に、硝子の霧もセレナも消え失せ、代わりに一枚の鏡が宙に浮いていた。
『あらぁ〜? あららぁ〜?』
鏡の中にはセレナが映って……いや、『閉じ込められて』おり、『内側』から鏡をドンドンと叩いている。
「鏡を使う能力でもっともありきたりな技よ」
ディスティーニ・スクルズは姿を現すと、ゆっくりとした足取りで鏡の前まで歩み寄った。
そして、左手に持った木刀を大きく振りかぶる。
『……あらぁ〜? やっぱり、この後って……あれかしら? バリ〜ン……?』
鏡の中のセレナが何とも言えない苦笑いを浮かべた。
「そう、バリーンよ」
対して、ディスティーニ・スクルズはとても爽やかな笑顔で答える。
『あは……あはははははは、ちょっと待っ……』
「駄目よ♪」
ディスティーニ・スクルズは迷わず思いっきり木刀を振り下ろした。
一刀両断された鏡は、次の瞬間、粉々に砕け散る。
「……ん?……ふん、まあいいわ……夢か現か幻かは大した問題じゃない……」
美しく舞い散る破片の中、ディスティーニ・スクルズは漆黒の木刀を一振りして掻き消した。
「……一応、コレは持っていくわね」
大地に寝かせていたセルの前まで歩み寄ると、セルを抱き上げる。
「じゃあ、またね、兎さん」
ディスティーニ・スクルズは漆黒の翼を羽ばたかせると、舞い散る黒羽の中に姿を掻き消した。



「夢か現か幻かね……うふふふふ……」
ディスティーニ・スクルズの立ち去った地で、セレナ・セレナーデは、彼女の残した漆黒の羽の一つを指で摘んで眺めていた。
「はたして、見逃してもらったのは、私? あなた? どちらかしらねぇ〜」
漆黒の羽を見つめるセレナの瞳は赤く爛々と輝いている。
「ほぉんと〜、あの手のトリッキータイプは厄介よね〜」
ディスティーニ・スクルズは、セレナを仕留め損なったことを……『幻』を視せられたことを自覚していた。
けれど、彼女はそのまま去っていった、セレナが反撃をしてこなかった……引き留めなかったからである。
「オマケにカオス付き……とても割に合わないし、何より楽しくないわ〜」
あのカオス付きの鴉女は、魔王のように馬鹿みたいな量のエナジーを持っているわけではない、それなのに魔王よりもしぶといというか、とてもやりにくく面倒な相手なのだ。
エナジーの量と質……つまり力押しでくる相手なら制するのは容易いのだが、能力の特異性と機転で攻めてくる相手は制するのがとても面倒で、下手をすれば不覚を取る可能性がとても高い。
戦っても得るエナジーは少なく、相手をすればあらゆる意味で疲れるだけ……文字通り割に合わない相手だ。
だから、見逃したのである、セルという極上のエナジーの塊すら諦めて……。
「別にぃ〜、電光の覇王分だけで充分といえば充分なんだけど……」
「少し暴れ(遊び)足りないですか?」
「えぇ、もう一枚の切り札(ジョーカー)も切りたかったわ〜。まったく、翠玉の魔王が不甲斐ないから、最初の切り札であるコレすら真価を……あらぁ〜?」
「…………」
セレナの隣りに、灰色金髪(アッシュブロンド)の髪の幼い少女、ウルド・ウルズが当然のように立っていた。







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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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